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周囲/当事者の方へ

2025/05/29

書籍『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』に思うこと【前編】

話題の書籍をきっかけに広がる議論

2025年4月に発売された書籍『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(神田裕子著/三笠書房)が、出版前からSNSやメディアで大きな議論を呼びました。発達障害をはじめとする特性を持つ人々が「困った人」として分類され、動物に例えた表現が「差別的である」と批判されたことがきっかけです。

日本自閉症協会をはじめとする当事者・支援団体や個人が抗議声明を発表し、出版差し止めを求める署名には1万8,000人以上が賛同しました。著者および出版社は「差別を助長する意図はなかった」と釈明する一方、表現に対する配慮の不足を認めています。さらに、著者や家族への誹謗中傷が拡散したことも事態を複雑にしています。

このような中、私たちビューズは本書の賛否そのものよりも、「なぜ、ここまで強い感情が噴出しているのか」「この出来事が示している社会の変化とは何か」に着目し、支援の現場としての立場から、冷静に意見を発信していきたいと考えています。

「困った人」と「困っている人」——その違いをどのように見極め、どのように共存の在り方を模索するか。単なる是非の二元論ではなく、多様な立場から共に考えるための視点を、全2回に分けて綴っていきます。

なぜこのようなテーマが社会で注目されているのか?

今回の書籍を巡る議論の背景には、社会全体の「寛容さ」の変化があります。インフルエンサーの白饅頭さんは、「寛容の時代は終わった」と述べ、以下のような時代の変化を指摘しています。

「寛容の時代は終わった。人手不足になることで、寛容さの対応ができなくなった。そのニーズを組み込んで、今回の書籍が出版された」

暗黒メモ「寛容の時代の終わり」

つまり、これまで社会が掲げてきた「多様性の尊重」や「合理的配慮」といった理念が、現場の人手不足やコミュニケーションの困難さによって、実践が難しくなっている現実があるのです。

ビューズとしても、この指摘には共感しています。私たちの支援現場でも、障害のある方々を受け入れる際に、職場の余裕や理解が不足しているケースが増えています。「合理的配慮」を実現するためには、時間的・人的な余裕が必要ですが、現実にはその余裕がない職場が多いのが実情です。

このような状況下で、書籍の内容が注目されるのは、現場での「困りごと」に対する具体的な対応策を求める声が高まっているからだと考えられます。しかし、その表現方法やアプローチが適切であるかどうかは、慎重に検討する必要があります。

ビューズの立場から見たこの問題

今回の書籍が大きな注目を集めた背景には、単なる表現の是非を超えた、社会や職場における「対話と理解の不在」という深刻な課題があります。

本来、職場において何かしらの困難を抱えた人がいたとき、それを相談し、支え合える関係性やコミュニティの存在が不可欠です。しかし現代の職場環境においては、その土壌自体が極めて希薄になっています。多くの当事者が、自分の状態を適切に言語化できないまま孤立し、支援を求める術を持たないのが現実です。

一方で、相談を受ける側にも、発達障害や精神的不調に対する専門的なリテラシーが乏しいまま、「困った人」として対応せざるを得ない場面が増えています。従来であれば、理解のある上司や先輩、あるいは夜の街のスナックや飲み会といった「緩衝材」となる場で非公式に相談ができたかもしれませんが、現代ではコンプライアンスの観点から、そうした文化は逆に忌避されがちです。対話の回路が断たれた中で、職場の問題はより複雑に、深刻に膨らんでいきます。

加えて、当事者が心に不調をきたしたときの相談先として期待される心療内科や公認心理師といった専門家の数が絶対的に足りていないという現実もあります。専門性にアクセスできない中で、いわゆる「資格を持たないカウンセラー」やSNS上の助言者のような非公式な情報源に頼らざるを得ないケースも少なくありません。そして、その中には悪質なケースも含まれており、新たなトラブルや誤解を生む要因ともなっています。

本書に対して「資格のない自称カウンセラーが書いた内容であることへの不信感」が一部に存在するのも、こうした現場の混乱や不安の反映だと言えるでしょう。

結果として、職場や家庭といった現場での「やり場」が失われ、個々人に対応力や自己防衛を強く求められるようになったのが現代社会です。今回の書籍が注目されたのは、そうした「行き場のなさ」や「疲弊」が社会全体に広がっていることの象徴とも言えるのです。

専門的なリテラシーとはなにか

本書『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』が多くの批判を受ける一方で、見逃してはならない重要なポイントがあります。それは、職場や日常の中で起こりがちな「コミュニケーションの行き違い」や「関係性のつまずき」について、具体的な事例と共にわかりやすく解説している点です。

とりわけ、個々の関係性のなかで「どう声をかければよいか」「どう伝えればよいか」といった場面において、本書は一定の専門的リテラシーを備えた対応のヒントを提示しています。相手の特性に応じて距離感を保ちつつ、否定せずに意思を伝える技術は、誰もが学ぶべき内容であり、このような実践的知識は多くの場面で活用できるはずです。

中でも、特に注目したいのが「アサーション(自己主張)」と「関係性へのアプローチ」です。

■ アサーション(自己主張)の大切さ

アサーションとは、自分の気持ちや意見を、相手を傷つけずに率直に伝えるコミュニケーションスキルです。たとえば、「あなたはいつも遅刻している」といった責める表現ではなく、「私はあなたが遅刻すると心配になる」と、自分の感情を主語にする“Iメッセージ”で伝えることが基本です。これは、相手との関係性を壊さずに本音を伝える大切な技術です。

ビューズにおいても、アサーションをロールプレイで練習しています。理屈が分かっても、いざ自分ごとになると応用が難しいのがアサーションです。誰であってもネガティブな感情を表現するのは難しいものですが、実社会においては自分の感情をコントロールしながら主張をする力は必須になります。我慢するではなく、さりとて感情を爆発させるでもなく、自分の感情に気づきながら適切な主張ができるようになることをビューズでは目指しています。

関連ブログ記事:「アサーションとは?自分の気持ちを正しく伝える方法」
ビューズのプログラム紹介:「対人関係グループワーク」

■ 関係性へのアプローチ

もう一つは「関係性へのアプローチ」。相手の特性や背景を理解したうえで、どう関係を築いていくかという視点です。ビューズでは、集団認知行動療法(CBGT)やダイアログのワークショップなどを通じて、単なる「伝え方」だけでなく、関係性のあり方を重視した支援を行っています。

人にはそれぞれ生きてきた背景があり、人によっては様々な病気を抱えながら今を生きています。それが分かっていながらも、私たちはどうしても自分の物差しで相手を見ようとしてしまいます。自分が理解できない行動や言動がある時ほど、「相手がこう考えているに違いない」という自分の考えに気づいて判断を保留し、相手と対話することが大切です。相手の考えを決めつけてぶつければ、関係性が崩れるきっかけになりかねません。ビューズでは、自分を客観視して思い込みから離れた上で、相手と対話をするトレーニングを行っています。

関連ブログ記事:「ダイアログとは?対話から見える相手の本音」
ビューズのプログラム紹介:「CBGT(集団認知行動療法)」

このように、本書の一部には、現場の実情を踏まえた実践的な学びが含まれており、それをどう社会で活かすかが今後の鍵になると、私たちは考えています。

社会の変化をどう受け止め、対話をどう取り戻すか

書籍『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は、その表現手法に対して多くの批判が集まった一方で、「誰に向けた本なのか」という視点を見逃してはなりません。私たちビューズが注目したのは、この書籍が“心に不調を抱えた当事者”ではなく、“その当事者と日々接し、対応に悩むもう一人の当事者”に向けて書かれているという点です。

前者の当事者、つまり私たちの施設を利用する方々は、苦しみの中で支援と出会い、必要な知識や対処法を学ぶ機会があります。一方で、後者の当事者——例えば、職場の同僚や上司、家族や友人といった支える側の人々には、そうしたリテラシーを得る場が圧倒的に少ないのが現実です。

社会が寛容さを保ち続けるためには、両者がそれぞれの立場で“学び、気づく”機会を持つことが欠かせません。その意味で、たとえ議論を呼ぶ形であったとしても、この書籍のようなコンテンツが社会に波紋を投げかけ、多くの人が「困りごと」と向き合うきっかけになること自体は、前向きに捉えるべきことだと私たちは考えます。

誰かの痛みを知る手がかりとして、そして対話を取り戻すきっかけとして。私たち支援の現場からも、こうした議論に積極的に声を上げていく必要があります。


次回予告

次回は、「受け皿」としての社会のあり方を踏まえ、障害当事者側がどのように向き合い、発信していけるのかをテーマに考察していきます。

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